丹羽良徳 Yoshinori Niwa 「ATMで偶然うしろに並んだ人に預金全額を振り込む」

丹羽良徳 Yoshinori Niwa 「ATMで偶然うしろに並んだ人に預金全額を振り込む」 created in 2019, bought from S.O.C. Satoko Oe Contemporary in Oct 2019



芸術家の丹羽良徳さんの作品です。

https://yoshinoriniwa.com/jp/

https://www.yoshinoriniwa.com/

コンセプチュアルな要素が全面に出る作品は初めて購入しました。

丹羽さんの作品は、映像の作品が多いようですが、全てに分かりやすいスローガンが掲げられており、何が言いたいのか分からないコンセプチュアルアートも多い中で、明示的で作品鑑賞の導入を優しくしてくれています。

下に、丹羽さんの作品の中から、幾つか面白いと思った作品のタイトルを抜粋します。


●「国会議事堂前で警察官をだっこする」
●「私的空間からアドルフ・ヒットラーを引き摺り出す」
●「自宅のゴミをサンフランシスコのゴミ捨て場に捨てにいく」
●「中華人民共和国の国歌を聞きながら中華民国の国歌を歌ってもらう」

ユーモアがあるなぁと思うのですが、コンセプトはこんな感じでしょうか。

守る、守られるの関係の逆転を、象徴的な場所で、象徴的な行為で表現。
親族への愛情と暗い歴史·社会の間の葛藤を表面化させる。
地球温暖化のメタファーのような共有地の悲劇的なルールが成立しない課題。
相反する他者を受け入れる事の難しさや軋轢や克服を体感。

のような感じかなと思います。コンセプトを分かりやすく面白く映像として視覚表現にしているなと思います。

購入した作品は「ATMで偶然うしろに並んだ人に預金全額を振り込む」という題名で、所得分配や税金の概念を意識させつつ、過度な資本主義や経済格差を茶化している作品だと思います。

全額は無理でも、当面不必要な超過預金を義務的に他人に譲渡するシステムがあったら、必要以上の労働や貯蓄をしなくなる人は増えるのではないでしょうか。

稼いだら稼いだ分、他人に金銭を、奪われます or 提供します。

過剰な貯蓄を目的とした労働は減り、本当に社会的に必要だったり、自分が欲する仕事のみ一定以上の供給が行われるような気がします。

ベーシックインカムの世界まで行くと、本当に仕事をする人がいなくなる気もするのですが、この位の制度がギリギリの所なのかもしれません。

大きな仕事やチャレンジングな仕事には大きな資本が必要なので、組織に対しては適用できないと思いますが、個人に対しては無きしもあらずかなと。

累進課税的な税金の制度は、多く稼いだ分は政府に多く支払うという事で、支払先は政府になる事で直接資金の受け手は見えないですが(自分自身も含むので1人は見えてはいますが)、ATMで後ろに並んだ人となると、実際の相手が見えることになります。

また、累進課税以外にも究極的には相続税は死亡時に個人の過剰な預金がなくなるので、この概念を含んでいそうですね。

自分が支払う側として、後ろに並んだ人の属性が、ニート的なフリーライダーだったり、仕事や子育てに大変なシングルマザーだったり、障がい者の方だったりして、その属性によって抱く思いも違うでしょう。支払う以上、後ろの方の状況を知りたいと思うのでコミュニケーションが発生するかもしれません。

税金と所得分配の機能を政府を介さないで、銀行預金に対して直接実施する制度は、一見突飛に見えますが、近年で定着した中央銀行のマイナス金利政策を見ると、かなり類似しているような気がします。

財やサービスの価値に対して適正なインフレ下では貨幣価値の下落が起こりますが、インフレ無き世界ではマイナス金利も常態化するのでしょう。もし、現金を全てなくしてデジタル通貨にできれば現金の保管コストを考慮しなくてもいいため、大きなマイナス金利を導入できることになると思います。

現在、理論上のマイナス金利の下限はリバーサルレートとも言われており、欧州で-1.0%程度と試算されていますが、現状のECBの政策金利が-0.50%であるため、銀行に預金をしておくと税金を取られるという意味で、すでにこの世界観が到来しているともとらえられます。

過剰な資産家(預金者)からマイナス金利を徴収するアイディアは平等性の観点から受け入れやすいのではないでしょうか。

さらに、トルコのような経常赤字国での過剰な国債の発行は通貨の下落やインフレを招くのでしょうが、貿易黒字や資本収支がプラスになるような国ではマイナス金利にして国が借金をしやすく出来る政策は受け入れ易いでしょう。

また、タイトルに、「偶然」とありますが、偶然ATMで資産家の後ろに並んだら結構なお金をもらえるんでしょうか。いいですね。自分も次の人に渡すことになるのですぐに使っちゃうと思いますが(笑)

古代ギリシャのアテネでは政治家や裁判員は抽選で選ばれていたようで、哲学者のアリストテレスも「偶然性」の概念が民主主義の基本と考えていたようです。裁判員制度は偶然抽選で選ばれるように日本でも制度が変わったので、この考え方は現代でも通用するのかもしれません。

自由に立候補や投票ができる選挙制度はあっても、世襲議員や有力者がある一部の近親者の団体の利益を代弁する状態になると健全な民主主義とは言えないでしょう。

また、大衆迎合的な政策ばかりを採用し、痛みの伴う改革(例えば環境対策として炭素税の導入)を実施できないのも問題はあるでしょう。

選挙で負けた少数政党の政策を全く無視するのも少数者の権利を貶める可能性がありますね。でも逆に、少数者の意見を聞いていたら、迅速な政治判断はできないですよね。独裁的な中国やロシアの政策決定が全体的には効率的な面も、、、

民主主義は色々面倒なので、いっそ、総理大臣を抽選で決めますか? 公平です。

稼いだお金が偶然無くなり、偶然偉くなり、偶然結婚して、偶然死ぬ。

格差が固定化されているとか言われている昨今、もう努力とか辞めて、頑張っても無理だから、偶然に身を任せますか、、、そして年末ジャンボに、、、。

努力が報われるとか、すべての事象に原因を求めるような思考は論理的なのでしょうが窮屈です。

偶然性は常に魅力的です。偶然に任せましょう。

丹羽さんは、今では化石となっている共産主義的なテーマを扱っている作品も多く(「モスクワのアパートメントでウラジーミル・レーニンを捜す」「日本共産党でカール・マルクスの誕生日会をする」「ルーマニアで社会主義者を胴上げする」)、資本主義的・新自由主義的な利己的な弱肉強食の競争や権利の主張を再考させる作品も多いようです。

現代社会の民主主義的な政治は、右(保守・自由主義)と左(リベラル・社会主義)の間を行き来しているように見えますが、その意味で、丹羽さんは極左の視点で作品を作られているようです。行き過ぎた自由主義への反動は正常な事だと思います。

アート業界でも、2015年の第56回ヴェネツィア・ビエンナーレでディレクターのオクウィ・エンヴェゾーが「資本論を読む」というテーマを設定しており、アンチ資本主義は注目されているテーマなのでしょうか。

個人的に、ここ10年程度の政治と経済の流れは、人権的に限られた既得権益にしがみつこうとする「右」寄りの排他主義と、経済的に行き過ぎた格差を是正する「左」寄りの平等主義を志向しているような気がします。

・中国のWTO加盟やFTAで過度に広まったグローバリズムと国家間格差に警告を鳴らすジョセフ・E・スティグリッツが2001年にノーベル経済学賞を受賞。
・2008年、リーマンショック以降のボルカールールや銀行のBS規制。また、2010年の欧州債務危機以降のEFSFの強化やESMの設立とIMF批判。QEが常態化し、中央銀行と政府の結びつきが強まる。
・2010年以降のアラブの春やシリア内線による欧州近隣の政情不安と、2015年の欧州難民危機による受け入れ国ドイツの既存政党CDUへの不満と排斥主義AFDの台頭。
資本収益率が経済成長率よりも高く、格差が拡大するとしたトマピケティの「21世紀の資本」のベストセラーと、米国で忘れられた白人ブルーカラーや福音派に支持基盤を持つトランプ大統領が保護主義や移民排斥を掲げて2016年に当選。英国でも移民排斥熱が高まりBREXITへ。

丹羽さんはオーストリアのウィーンに滞在して制作をされているようですが、民主と共和、労働と保守の左右がはっきりしている米国や英国よりも、モデレートな欧州の土地柄も作品制作に影響しているのかなと思いました。

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